すずつきのLOGBOOK

書きたいときに更新するよ

夏季休業21日目_「カタカナ語、わかりにくくね?漢字、わかりやすくね?」を調べる。Ⅷ

こんばんわ、すずつきです。

 

昨日までの内容は「なぜ"landscape"という語が「景観」と「ランドスケープ」に分かれるのか」でした。景観といえば想像するのはどういったイメージでしょうか。私は様々な景色や遠景が想像できます。特に雄大な自然や山々、広大な海を想像します。そしてランドスケープは「ランドスケープデザイン」である通り、人工的な自然や景観というイメージが強いです。

最初にランドスケープアーキテクトを名乗ったオルムステッドもニューヨークという摩天楼の中にセントラルパークという巨大な自然空間を人工的に作り出したことから「ランドスケープ」には人工的な景観というイメージができるでしょう。

 

そこで私は、この訳し方には日本的な自然像が関係しているのではないかと思いました。

日本に於いて、自然とはコントロールしがたい存在で、様々な天変地異や山がちな地形も相まって、脅威の存在と認識していると私は感じます。欧州人が城壁の中で高密度になり生きている中で、目に見える天変地異が少ない中、望郷の田園景観を求めたとの対称的であると思います。

ランドスケープデザインがそういった望郷の田園空間から始まっているのならば、欧州的な自然観で形成された意味を持つ単語というのは日本語で直接的に訳すのは憚られます。

そういった経緯がこの言葉の訳し方に影響がでてくるのでしょうね。

 

仮説も立てたところで今日はこれまでにしときます。

それでは

 

PS:相変わらず体がバキバキです。11時に起床して絶望しましたね。おやすみなさい。